熊本地方裁判所 昭和31年(ワ)54号 判決 1959年4月30日
原告
国
右代表者法務大臣
愛知揆一
福岡市浜町二二番地福岡法務局
右指定代理人検事
小林定人
熊本市大江町熊本地方法務局
同
法務事務官 新盛東太郎
同市花畑町八二番地熊本国税局
同
大蔵事務官 黒田守雄
愛媛県今治市榎町九番地
被告
大沢増雄
右訴訟代理人弁護士
本田正敏
同
山中大吉
右当事者間の昭和三十一年(ワ)第五四号詐害行為取消等請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告指定代理人は「訴外鳥生明が昭和二六年一二月二一日別紙物件目録記裁の土地、建物につき、被告との間になした売買はこれを取消す。被告は右土地、建物につき、熊本地方法務局昭和二七年一月一四日受付第一二六号売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、訴外合資会社大国屋金物店は昭和二四年一〇月一日以降同二五年九月三〇日までの事業年度分法人税一四八、〇五四円、同重加算税二九一、〇〇〇円、昭和二五年一〇月一日以降同二六年九月三〇日までの事業年度分法人税八一、三九〇円外これに関する利子税、延滞加算税(昭和二六年一二月二一日現在において総計九六五、九五〇円、昭和三一年一月五日現在において総計七六五、九三四円)を滞納しているものである。右会社の無限責任社員である訴外鳥生明は右会社財産並びに右訴外人の財産を以て右滞納税金に充ててもなお不足であつたのに、昭和二六年一二月二一日右訴外人に対する滞納処分を免れる目的を以て故意に唯一の財産である別紙物件目録記載の土地、建物を被告に売渡し、昭和二七年一月一四日その所有権移転登記を経由した。よつて原告は国税徴収法第一五条に基き前記売買を取消し、被告に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告主張事実中原告が昭和二七年一月一二日訴外鳥生明の前記不動産につき、同月一三日訴外合資会社大国屋の動産につき夫々滞納処分をなしたこと、右不動産につき差押のため登記嘱託をなしたが、右登記嘱託を取下げたこと、訴外鳥生明が昭和三一年四月六日滞納税金中一〇万円を支払つたこと、右不動産につき前記所有権移転登記手続のなされた直後、原告が右事実を知つたことは認めるが、その余の主張事実を否認する。原告が本件詐害行為の取消原因を覚知したのは、昭和二九年二月一一日である。民法第四二六条にいわゆる取消原因とは、債務者が債権者を害することを知つて法律行為をなした事実をいうものと解すべきである。すなわち、原告国が前記不動産は前記鳥生明の唯一の資産であり、それを他に譲渡すれば差押を免れることになることを知りながら、右鳥生明が譲渡をなした事実を知つたのは、種々調査の結果、前記昭和二九年二月一一日である。しかして本件不動産につき昭和三一年一月一四日前記取消権の行使保全のため仮処分の執行をなしたので時効は中断せられていると述べ、立証として、甲第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一乃至三、同第四乃至九号証、同第一〇号証の一、二を提出し、証人高橋左伝、同井芹圭喜(第二回)の各証言を援用し、乙第一乃至四号証の各成立を認める。その余の乙号各証の成立は不知と述べた。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、被告が訴外鳥生明から、別紙物件目録記載の不動産を買受け、原告主張の日、その所有権取得登記手続を経由したことは認めるが、訴外合資会社大国屋の税金滞納の事実、訴外鳥生明が右会社の無限責任社員として、右滞納税金の支払義務がある事実、それ故右訴外人が所有の財産を以て支払に充てるべき責任を負担していた事実は全部不知、却て訴外鳥生明は、右不動産の外にも財産を有し、滞納税金を支払うに足る財産を有していたものであつて、右訴外人に詐害の意思なきは勿論、被告は善意にて右不動産を代金一二〇万円にて買受けたものであり、右訴外人は、被告が右訴外人の妻訴外鳥生セツ子の姪婿であるため、将来右不動産の買戻をなすことを希望して、被告に売渡したものである。仮に右売買行為が詐害行為となるとしても、原告は既に本件不動産につき昭和二七年一月十二日滞納処分として差押の登記嘱託をなしながら、これを取下げているものであり、昭和二七年一月一四日被告が右不動産につき所有権取得登記を経由したこともその当時熟知しているものであるところ、本訴はじ後二年以上を経過した昭和三一年二月一日提起されたものであるから、民法第四二六条所定の二年の時効により取消権は消滅していると述べ、立証として、乙第一乃至五号証、同第六号証の一乃至七、同第七号証の一乃至八を提出し、証人井芹圭喜(第一回)、同鳥生セツ子、同鈴木林、同本田三蔵、同鳥生明、同平松太刀男、同古瀬裕三、同石村勝の各証言及び被告本人尋問の結果を援用した。
理由
被告が訴外鳥生明から別紙物件目録記載の不動産を買受け、原告主張の日その所有権取得登記を経由したことは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第一号証の一、二同第二号証、同第三号証の一乃至三、を綜合すると、訴外合資会社大国屋金物店は昭和二三年一〇月七日設立され、本店を熊本市上通町四丁目二八番地に置き、金物類の販売業を営んでいたところ、昭和二四年一〇月一日以降同二五年九月三〇日までの事業年度分法人税一四八、〇五四円、同重加算税二九一、〇〇〇円、昭和二五年一〇月一日以降同二六月九月三〇日までの事業年度分法人税八一、三九〇円合計五二一、四四四円外これに関する利子税、延滞加算税(昭和二六年一二月二一日現在において九六五、九五〇円、昭和三一年一月五日現在において総計七六五、九三四円)を滞納していること、訴外鳥生明は前記合資会社の設立と同時に右会社の無限責任社員に就任し、昭和二七年二月一日右会社解散により同月一四日清算人に就任したこと、右鳥生明は昭和二六年一二月二一日その所有の本件不動産を代金一二〇万円にて被告に売渡したことが認められる。
成立に争のない乙第一号証、証人高橋左伝の証言、同鳥生セツ子、同鳥生明の各証言の一部、被告本人尋問の結果の一部(いずれも後記の措信しない部分を除く)を綜合すると、訴外合資会社大国屋は前記滞納税金に対し、約五〇万円程度の商品を有する外他に見るべき資産を有せず、訴外鳥生明が本件不動産を被告に売渡した昭和二六年一二月二一日の前日右会社は滞納税金の納入の督促を受けていること、訴外鳥生明は右売却代金の内金七〇万円を受領しながら、これを全然滞納税金の支払に充てなかつたこと、被告は右鳥生明の妻たる訴外鳥生セツ子の姪婿に当り、昭和二六年六月頃から同年九月頃までの間前記会社の商品の販売のため右鳥生明と一緒に居て手伝をしていたこと、被告は右会社が借財等のため窮境にあることを知つて、これを援助する趣旨の下に本件不動産を買受けたことが認められる。ところで、合資会社の無限責任社員は商法第一四七条、第八〇条により会社財産を以て会社の債務を完済すること能わざるときはその弁済の責に任ずるものであるところ、前記会社の財産を以て前記滞納税金を完済することができないことは前記認定のとおりであるから、訴外鳥生明はその無限責任社員として弁済の責に任ずべきである。しかるに、鳥生明は代金を滞納税金の支払に充てる意思なくして、本件唯一の不動産(鳥生明が他に財産を有することの証拠はない。)を、被告に売渡したものであるから、右売買は滞納者財産の差押を免るるため、故意にその財産を譲渡した場合に該当するものというべきである。被告は本件不動産を買受けるにあたり、詐害の意思がないのは勿論、善意にて買受けた旨主張し、証人鳥生明、同鳥生セツ子の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告の右主張に副うものがないわけではないが措信し難く、却て、前記認定の事実によれば、被告に訴外鳥生明夫妻の懇請を受け、同訴外人等が滞納税金その他の多額の債務を負担し、窮境にある事情を知りながら、右訴外人等を援助する趣旨にて、本件不動産を買受けたことを推認するに難くなく、被告は右不動産を買受けることにより訴外鳥生明に対する滞納処分による差押を免れる結果を招来することを知つていたものといわねばならない。してみれば、原告は国税徴収法第一五条、民法第四二四条により、右売買取消を裁判所に請求する権利を有するものというべきである。
よつて被告の時効の抗弁につき考えるに、冒頭当事者間争なき事実及び前記認定の事実に、証人高橋左伝の証言を綜合すると、原告は昭和二七年一月一二日訴外鳥生明の唯一の財産である本件不動産及び電話加入権につき滞納処分による差押をなすこととし、本件不動産につき、昭和二七年一月一四日熊本地方法務局に差押登記の嘱託をなしたところ、右不動産は、前記売買を原因として、同日既に被告のため所有権取得登記を完了していた後であつたため、法務局においては差押の登記をなすことなく、右登記嘱託書を原告に返還したこと、よつて原告は同月一八日前記会社所有の商品の差押をなした上同月中に原告国係官立会の下に右商品を任意売却させ、右商品の売得金並びに前記電話加入権の売得金合計金二〇万円位を前記滞納税金の一部支払に充てたが、他に差押えるべき財産を発見できなかつたため、完済を受けることができず、(若しその当時他に差押えるべき財産を発見していたとすれば、原告はその職責上その財産につき差押をなしたものと推認される。)なお、滞納税金七六五、九三四円を残存したことが認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、特段の事情がない限り、原告は前記差押の登記嘱託書の返還を受けたときに、本件不動産が他に売却され、その所有権移転登記を経由していることを知つたものというべきであり、また前記商品並びに電話加入権を売却して一部滞納税金の支払に充て、他に差押えるべき財産を発見できなかつたことにより、直ちに前記不動産の売却行為が滞納処分による差押を免れる目的を以てなされたことを覚知したものと認めるべきである。従つて、前記取消権の時効は原告が、詐害の意思を以て本件不動産が売却されたことを覚知した昭和二七年一月末日の翌日たる同年二月一日以降二年を経過した昭和二九年一月末日の終了を以て完成するものというべきであり、本訴の提起が右期間を経過した昭和三一年二月一日であることは記録に徴し、明白であるから、原告の前記取消権は民法第四二六条により、時効により消滅に帰したいものといわねばならない。なお成立に争のない乙第二乃至第四号証によれば、原告が昭和三一年一月一四日本件不動産につき処分禁止の仮処分をなしたことが認められるが、右仮処分も前記時効期間経過後のものであるから、時効中断の効力を生ずることはない。
原告は訴外鳥生明の被告に対する本件不動産の売買が詐害の目的でなされたことを覚知したのは昭和二九年二月一一日であり、その日から取消権の時効は進行するものであるから、右時効は前記仮処分により中断されている旨主張するから考えるに、成立に争のない甲第五乃至九号証によれば、原告が昭和三〇年一〇月二二日以降同年一一月一五日までの間に、被告外四名の関係人につき、本件不動産売買の事情等につき取調をなし、且訴外鳥生明の本籍地と認められる愛媛県越智郡波止浜町長より原告に対する昭和二九年二月一〇日付右鳥生明に財産がない旨の回答がなされたことが認められる。しかしながら右事実によつては、前記認定を覆し、原告が詐害の事実を知つたのは、右回答の寄せられた日の翌日である昭和二九年二月一一日であると認定するに足りないものというべきである。すなわち本件不動産が訴外鳥生明の唯一の不動産であり、同訴外人に他に差押えるべき財産がなかつたことを、原告が前記会社の商品を差押え、これを任意売却させた当時知つていたことは前記認定のとおりであり、原告が国税の徴収権者として、滞納者の財産につき滞納処分による差押、競売をなした後においても、更に滞納者の財産の有無を調査確認をする職責を有するものとしても、右調査確認を全部終了した後でなければ、詐害の意思を以て、財産が他に譲渡されたものであることを覚知したことにならないものとすれば、右調査、確認は時間の制限を受けることなく、永久的にこれを終らせないことも可能であり、右財産の譲渡を受けた受益者又は第三者は結局時効の抗弁を援用する機会を与えられることなく、永久的に不安定な地位に立たされるものというべきであるから、原告の右主張は採用に価しないというべきである。
よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 西辻孝吉)